Love Psychedelico歌手简介:
爱的魔幻”乐队成立于1997年,是由日本青山大学的两位毕业生KUMI和左藤直树组成的。他们两人是在学校的音乐社团认识,因为互相欣赏对方的音乐才华,而且二人都有兴趣向乐坛进军,所以组成乐队“爱的魔幻”。“爱的魔幻”成立以来,用英文、日文相结合的歌词,加上独特的节奏感,在地下乐坛及FM电台受到听众的热烈欢迎。
“爱的魔幻”(Love Psychedelico),其演唱的歌词不仅仅是日文和英文,奇妙的是把日文的发声英文化。女主唱因幼小长年居住在国外,因此没有一般日本歌手极严重的日式口音的英语,聆听Love Psychedelico,几乎是无法不被女主唱KUMI的声音吸引,她的声音没有一般日本女声的尖细,唱腔完全向英国靠拢,加上纯正的英文发音,没有了歌曲中的东洋味。音乐风格走英美硬式摇滚的口味,在旋律及吉他节奏的搭配均听得出两位团员深受时下英美乐队影响。诈听起来像70年代的古典摇滚和乡村民谣的结合,仔细中才发现他们的演奏是多么时尚和精致,只需几个小节,就能在吉他、贝司和鼓的前奏中识别出属于“爱的魔幻”的标签。
小简介
KUMI(クミ、1976年4月11日 - )ヴォーカル・ギター他担当
千葉県出身。帰国子女で幼少時代にアメリカのサンフランシスコに住んでおりネイティブな英語が話せる。そのせいか日本語(イントネーション)が少しおかしいと言われる事もある。
NAOKI(ナオキ、1973年7月21日 - )ギター・ベース他担当
静岡県出身。本名:佐藤直樹(さとう なおき)。初期のリリース作品にはNAOKI SATOと表記されていた。敬愛するミュージシャンはヴァン・ヘイレン、ジョン・レノンなど。ビールが好きなようで、(ジョン・レノンの影響もあるのか)ライブ中に缶ビールを飲むパフォーマンスをよく行う。
大事件
1997年1月、青山学院大学の音楽サークルACM(Aoyama Creative Music)にて結成。元は数名からなるバンドだったが、音楽性の違いから最終的にKUMIと直樹のデュオとなる。
1999年11月、某FM局に楽曲を応募。放送後にリスナーから問い合わせが殺到する。複数の音楽関係者の目に止まり、多くの事務所・レコード会社から声がかかる。
2000年1月にタワーレコードを中心にインディーズで100円で限定カセットを販売。同年4月21日、シングル『LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~』でビクターエンタテインメントよりデビュー。1stアルバム『THE GREATEST HITS』は、160万枚を超える売り上げを記録した。
2001年3月にはアメリカへ渡り、音楽フェスティバルSXSWに出演し全米のライブハウスを回る。この模様はBSとNHK総合で放送され、後にDVDとしても発売されることになるが、ライブ映像やインタビュー、KUMIが器用にバック転をする姿などDVD未収録の貴重なシーンも数多くテレビ内で放送された。実質的な地上波テレビ出演は、これが初となる。
2002年1月9日には、2ndアルバム『LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA』をリリースする。1stアルバムと比べてロック調の曲が多く収録されており、音楽性の成長が感じられるアルバムになった。ちなみにアルバムタイトルは、バンド名「LOVE PSYCHEDELICO」の正式な語源(「LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA」が本来バンド名になる予定だったが、長すぎるのでやめてORCHESTRAからただ「O」の一文字をとり、PSYCHEDELICの最後につけた)である。
2003年には、8thシングル『My last fight』のタイトル曲がフジテレビ系テレビドラマ『ハコイリムスメ!』のエンディングテーマになり、翌年2004年には、広くデリコの存在が知れ渡る事になる3rdアルバム『LOVE PSYCHEDELICO III』をリリースし、オープニングナンバーの『Everybody needs somebody』が映画『ホテルビーナス』のテーマソングに起用されるなど飛躍を続ける。
2005年には初のベストアルバム『Early Times』がオリコン初登場1位を記録し、5月27日には初の日本武道館公演を成功させた。この様子は12月7日発売のDVD『LOVE PSYCHEDELICO IN CONCERT AT BUDOKAN』、2006年3月22日発売のライブアルバム『LIVE PSYCHEDELICO』に収録されている。9月7日には自身らのプライベートスタジオ「ゴールデン・グレープフルーツ・レコーディング・スタジオ」が完成し、以後レコーディングはここで行うこととなる。
2006年には、リニューアルしたNHK総合のテレビ番組『英語でしゃべらナイト』(4月7日放送)で本人達が出演しているシーンが放送された。また同日より新オープニングテーマ曲としてデリコがアレンジしたビートルズのカバー曲「HELP!」が流れることになった。
デビュー当時は、自らがDJを務めるラジオ番組を持っていたものの、メディアに対するプロモーションには消極的で、テレビやラジオには出演せず主にCDのリリースを中心に活動していた。しかし、2ndアルバムリリース後は全国ツアーや、各地のフェスティバルに出演するなど、ライブ活動に対してより積極的になる。それと同時に、全国のラジオ番組に積極的に出演したり、映画のメインテーマ曲の提供やめざましテレビへの出演など、メディアに対する動きも大きくなる。また、2007年にはフジテレビ『僕らの音楽-OUR MUSIC-』に出演、番組内で初のテレビライブと、オノ・ヨーコとの対談の模様が放送された。
2008年4月23日にアルバム『This Is Love Psychedelico』を同年5月20日アメリカで発売することが正式に発表され、これによりデリコは全米デビューを果たす。また、その日本盤も6月18日に、ライブ映像やPVをおさめたDVD『GOLDEN GRAPEFRUIT BOX』と同時発売された。